
英領インドを独立へと導きながらも、ガンディは自らを躊躇なく「地球人」とみなしていた。
「私の信じる宗教とは、博愛である。その信仰心に、地理的な制約はない。厚い信仰があれば、私のインドへの愛情は、インドそのものを越えてゆくことだろう」
そして、「勝利を手にするために戦争を仕掛けることは、むしろ切れ味の悪い剣で戦うのと同じだ。多くの犠牲と痛みを伴いつつも、満足する成果は出ない。この世で最も鋭い武器は、暴力に頼らない精神力だ」と語る。
ガンディは、ベンガルの弁護士、ダース(C. R. Das)氏に、その究極の願いを語った。
「想像してごらん、軍事境界線がなくなり、この世界がひとつになって、天然資源、人的資源、科学やテクノロジーが、破壊を目的としてではなく、貧困や病、無知を取り除き、地球上の誰もにとって、より良い生活をもたらすために使われる日を。心躍るものではないかね」
こうした理想を実現するため、ガンディは政治的影響力をむしろ軽視し、非暴力と真実の力を、心から信じる者だけが持つ内面の強さを強調し、それを自ら「ソウルフォース(Soul Force、魂の力)」と呼んだ。
そしてその力を持って、全ての人間が生来持つ善良な心を引き出すことの大切さを説いたガンディは、世界の指導者としての不動の地位を築くに至った。
イスラム神学者で、ウルドゥ週刊誌ナイ・ドゥニヤ・ウルドゥ(Nai Duniya Urdu)の設立者兼編集者だった、マウラナ・アブドゥル・ワヒード・シディーキ(Maulana Abdul Waheed Siddiqui)は、1953年10月2日のガンディ生誕記念特別版で、「ガンディが、ヒンドゥ教徒とイスラム教徒の統一を図っていたことは、特に重要な点として注目すべきだ。ガンディは私に、『ヒンドゥ教徒とイスラム教徒との敵対心がある限り、インドはその目標に、決して達し得ない』と、語ったものだった」と記述している。
ガンディの超先進的な世界観は、ヒンドゥ教徒とイスラム教徒との統一や社会的進歩、宗教的な寛容、最新知識の平等な分配、個人の自由、教育改革など、国家としての究極の理想を、ためらいもなく表現せしめた。
またそれを実現する政治家としては、改革を恐れなかった。
しかし、こうした理想が叶えられていく世界を見るには、彼の命は短すぎた。
しかもその命は、彼が最も忌み嫌っていた暴力により、強制的に絶たれてしまった。
ガンディの思想に傾倒するあまり、ガンディの失敗を人一倍恐れた詩人ラビンドラナード・タゴール(Ravindranad Tagore)は、書いている。
「彼の理想は、ついに日の目を見ないかもしれない。人類を不公平から無縁のものとするため、ブッダが失敗したように、キリストが失敗したように、マハビーラ(Mahavira、ジャイナ教の開祖)が失敗したように。だが、彼は、これら偉大な人たちと同じく、永遠に忘れ去られることはないだろう」
英マンチェスターのジャーナリスト、ウィル・ドゥーラト(Will Durat)氏は、日刊紙「Manchester Guardian」の中で同調する。
「おそらくガンディは、歴史上の聖人たちと同じく、人間が持つ強い憎悪、利己心、物質的執着に、圧倒的に支配されたこの世界で、自らの信念を完遂することができずに、灰になっていっただろう。しかし、誰もが富を求めて駆けずり回る、欲望渦巻くこの地球上において、彼の信じた思想は、その輝きを失うことは、これからも決してないだろう」