
(本社ビル、Wikipediaより)
NEW DELHI:
千代田区にある新生銀行本店では、かつて、あまりにも大勢のインド人ソフトウェア技術者が働いていたため、社員食堂には何通りかのカレーメニューが追加されたという。
インドから派遣されてくるソフトウェア技術者は、主にTCS、Wipro、Infosys、iFlex、Polaris、Nucleusといった企業に所属し、その数も数千人に及んだ。
インド出身で、同行CIO(Chief Information Officer:最高情報技術者)のジャイ・ドウィヴェディ(Jay Dvivedi)氏は、日本長期信用銀行としての経営破たん後、2000年に生まれ変わってもなお、取るに足らない金融機関だった新生銀行を、5年で人々の注目を集める新概念の銀行に生まれ変わらせた。
このサクセス・ストーリーは、銀行として日本で初めてインド人技術者を活用した例として、「Information Technology and Innovation at Shensei Bank」と題され、ハーバード・ビジネス・スクールでの事例研究対象となった。
「IT化が新生銀行を根本から改革しました」
同行CEO(最高経営責任者:Chief Executive Officer)のティエリー・ポルテ(Thierry Porte)氏は語る。
「今日でも、インドITの力で操業している、日本でも唯一の銀行です」
は同行がIT改革に乗り出した2年目である2003年、代表を務めていたモルガン・スタンレー(日本)から新生銀行へ移ってきたポルテ氏は、長年東京で暮らしてきた経験から、この国のバンキング・システムが抱える問題を熟知していた。
システム開発のため、インド人技術者たちが来日し始めた頃は、銀行ATMが取り引きの度に手数料を徴収することや、銀行の営業時間である午後3時までしか利用できないことは、慣例であった。
新生銀行は、この当たり前の概念を打ち破る、画期的な銀行として、たちまち話題になった。
「やがて日本の銀行もIT化を急ぎましたが、テクノロジーはどんどん発展していくのに、体制は古いままというところが多かったです」ポルテ氏。
「新生銀行は、最も早くレガシーシステムを撤廃し、システムをゼロから作り上げた銀行のひとつです」