3月8日付けナブバーラト紙が、プネで路上生活から文字通り華麗な転身を遂げた女性の人生を紹介した。
アヌスヤ・アナスカル(Anusuya Anaskar)さんは夫と4人の子供たちと共に1964年ごろ、マハーラシュトラ州内の小さな村からプネに出てきたが、ある事故によって片腕が不自由になってしまった夫の収入では家賃を支払えるだけの余裕がなくなり、数日間の簡易宿泊所暮らしのあとは路上生活を余儀なくされた。
そこでアヌスヤさんは当時、限られた教育しか受けられなかった女性たちの間で小規模事業として注目されていたパパド(豆の粉を練って薄く延ばして焼くせんべい)製造を始めようと、大手企業の下請け業を始めた。
無駄を省き、かつ高い品質と生産性を保つ努力が実り、じきに収入が向上、家族全員でパパド作りに参加したが手が足りず、複数の人を雇用するまでになったという。
「80年代後半には雇用している女性はおよそ200名、毎月の収入は数十万ルピー規模に成長した」息子は回想する。
アヌスヤさんは2000年に没したが、その時点で売り上げ2000万ルピーを遂げる文字通りの「クロラパティ(億万長者)」となり、プネ支社の支社長を務めていた。
息子や娘たちは現在、銀行の取締役、病理学者、大学教授などの職に就いている。