ドイツ出身の文法学者であり辞書編集者、またイエズス会の宣教師としても知られたヨハン・エルンスト(Fr Johann Ernst Hanxleden)、別名「アーノス神父(Arnos Padre)」の手による、サンスクリット語の文法について研究した300年前の資料が10日、ベルギーはルヴァンのルヴァン・カトリック大学(Catholic University of Louvain)で公開された。
連絡を受けたケララ州トリスールのアーノス神父協会(Arnos Padre Academy)によれば、88ページからなる研究資料「Grammatica Grandonica」は、数百年間にわたって保管場所が不明で、実質紛失したと考えられていた。
神父は1700年12月13日にイエズス会宣教師としてインドに上陸し、1712年にトリスール郊外ベルール(Velur)に聖フランシスコ・ザビエル教会を建設、生涯をそこで暮らした。
この教会は現存し、1994年にケララ州によって保護すべき遺産として指定されている。
史料によればアーノス神父はドイツ語はもちろん、サンスクリット語、(ケララ州の)マラヤラム語、ラテン語、シリア語、ポルトガル語、そしてタミル語に通じており、マラヤラム・ポルトガル語辞書とサンスクリット・ポルトガル語辞書を編纂した。
当時、インドにおけるカースト制度の最高峰とされたブラーミンにのみ学ぶことが許されていたサンスクリット語を、タブーを冒してまで学び、インド古代叙事詩ラーマーヤナやマハーバーラタに関する論文をラテン語で執筆した。
1732年にヘビに咬まれて亡くなるまでの生涯を、インドの文化遺産やサンスクリット語の重要性を欧州の学者に広めようと尽力した。