第二次大戦中の1941年に、スバース・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose)がインド独立への支持を仰ぐべくナチス・ドイツのヒトラーと会談したことは、多くのインド人が知る史実だが、実はそれよりずっと以前に同じ目的でヒトラーと会った人物がいたことを、9月にマラティ語で出版される書籍が明かしている。
8月15日付ナブバーラト紙が報じた。
その人物とは当時のバローダ(Baroda)州頭首だったサヤジラオ・ガエクワド(Sayajirao Gaekwad)で、1936年のベルリン・オリンピックの際、ヒトラーと会談し、インド独立への支持を要請したもので、「バローダ・ベルリン協定」として知られている。
その名も「サヤジ・ガエクワドの経歴(Sayajirao Gaekwad Chi Biography)」を執筆したのは、ガエクワドの側近で、この会談を手配したヴィシュヌ・ネネ(Vishnu Nene)の息子、ダモダル・ネネ(Damodar Nene)氏。
「ガエクワドは、いわゆる『敵の敵は友』という概念を信じており、ヒトラーと手を結ぶことを決めたようです」ネネ氏は語る。
ガエクワド氏はイギリスからの疑念を逸らすため、ベルリン・オリンピックへの出席に敢えて許可を得た上で臨んだ。
「ただし、彼のボックス席はヒトラーの真下に手配したようです」ネネ氏。
「ガエクワドはヒトラーに、ヨーロッパで戦争が起こった場合、全ヒンドゥ王子たちを動員してナチス・ドイツを支援すると約束したようです」
協定はイギリスの目に触れぬよう極秘裏に交わされたが、やがてヨーロッパ全土が戦火に包まれ、またガエクワド自身が1939年に亡くなったのち、その存在自体が忘れ去られてしまった。