独立運動の志士として有名なスバース・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose)の生誕116周年を迎えた23日、彼の知られざる願いが明らかになった。
ボースは1936年の4月から5月にかけ、プネのイェラワダ(Yerawada)刑務所に投獄されていた時に、マラティ語を学びたいと周囲に話し、当時の地元紙ケサリ(Kesari)の編集者らに教材を仕入れたいと頼んでいた事実が、最近になって明らかになった。
ところがその後すぐに、ダージリン刑務所に移送され、その願いが叶うことはなかったという。
今回、プネのロクマニャ・ティラク博物館(Lokmanya Tilak Museum)に収蔵されていることから発見された、ボースから当時のケサリ編集者ディウェカル(Divekar)氏に宛てた手紙の中に、「ここにいる間にマラティ語を学びたいと思っている。初級者向けのバイリンガル教材を探したが見つからない」と記されている。
なお、ケサリ紙はボースの取材をたびたび試みていたが、当局により禁止されていた。
このほか、黄ばみが激しく解読不能の状態になっているものの、1933年にもボースが同イェラワダ刑務所に投獄されていた時にディウェカル氏に宛てた手紙も見つかっている。
手紙からは、ディウェカル氏はボースから、(プネ周辺をかつて治めていた)マラータ王国の歴史とその衰退原因を知ることのできる文献も求められていたことが覗えるとしている。