印パ戦争中のグジャラート州ブージ(Bhuj)で1971年12月8日、パキスタン軍の奇襲攻撃によりナパーム弾が投下され、インド空軍の滑走路は使用不能な状態にまで破壊された。
軍は重要拠点であったその滑走路の再建に急ぎ、付近に住んでいたヒル・ブディア(Hiru Bhudia)さんはじめ300名あまりの女性までもが駆り出されたストーリーは、さながらインド版「パールハーバー」だ。
空襲の爪痕がくっきり残る滑走路の様子を、ブディアさんは昨日のことのように憶えている。
7月25日付ナブバーラト紙が、忘れられた戦場の女性たちを紹介した。
「ブージの空軍滑走路は壊滅的なダメージを受けたが、重要な拠点だったため直ちに再建する必要があった。再建作業には地元の一般人にも声がかかり、女性たちもパキスタン軍の影におびえながらも、国のためと積極的に参加したものだ」ブージさんは回想する。
ブージさん含め再建作業にかかわった女性たちのほとんどは、近隣のマダパール(Madhapar)村で日銭収入で暮らしていた。
「72時間以内に再建する必要があった。サイレンが鳴るたびに防空壕に逃げ込み、唐辛子を栄養源として凌いだ」
戦争が終結すると、当時のインディラ・ガンディ政権はその功績を称え50,000ルピーを支給したが、彼女たちはためらいなく地域の公民館建設資金として供与した。
彼女たちは皆60歳を過ぎているが、国家の誇りとともに今も健在だ。
しかし、「8月15日の独立記念日にも、1月26日の共和国記念日にも思い出されることはない。列車やバスの運賃が免除されることもない」と、国や州の対応の冷淡さを嘆いている。